私は団塊ジュニアと呼ばれる世代に生まれて、高校入学と時を同じくしてバブル時代が始まりました。
その後、バブルが弾けるきっかけとなった総量規制から2年後の1992年、地方の国立高専を卒業し、新卒で東京に本社のある東証1部上場企業に就職します。

当時はまだバブルの余韻があったためか、同級生の多くも名の知れた大企業にすんなりと就職できてましたから、まだまだ景気が良い時代だったのでしょう。
新卒で入社したその会社では、製鉄所構内の設備の補修や更新などの監督見習いをやっていたのですが、1年足らずでその会社を辞めてしまいます。
理由は県外の事業所に配属されていた私は当時付き合っていた彼女が地元にいたことや、仕事自体になんだかやる気が出なかったこともあったのですが、早い話が社会人なりたてで何も考えてませんでした(汗
前年に同じ支店に配属された大卒社員の辞めた理由が「ヘルメットをかぶるのが嫌だから」だったそうなので、何も考えてないのは皆さん似たようなものかと(笑)
その後、帰郷して地元で10人に満たない小さな設備工事会社(N社)で働くのですが、当時そのN社の社員は施工図すら読むことができない人ばかり(どうやって仕事すんだ?)で、働き始めて1年ほど経つと、当然のように私が作業責任者として現場を仕切るようになります。
図面を読めないことも驚きでしたが、N社の社長を筆頭に彼らの安全意識の低さには唖然としました。
製鉄所内では入社した年の9月には、仲良くしてた同年代の現場の社員が持ち運んでいた90Kgの鉄板を置き損ねて指を2本無くし、さらに12月にその会社を辞めるまでに構内で2人ほど事故で亡くなってしまいます。(製鉄所構内では2万人以上、働いていたらしいです。)
とにかく危険だったため、「安全は全てに優先する」と製鉄所内で働く人は皆、安全にはことさら気を使ってました。
ところがN社では、私が「危ないですよ、安全対策して作業するべきです。」と言うと
なにが怖いんか(笑)。
仕事やる気あんのかー根性無しが!(怒)
といった具合です(笑)

そんなヤバイとしか言いようのないN社で、1年後には専務という役職を与えられ、現場の職人を束ね、現場作業を任されるようになります。
その当時の私は25才で、私の部下は最も若くて40代、最も年長者は70歳を越えていました。
31才でその会社を辞めるまで、私より年下の社員が入社することはなく、同世代と働ける人たちが正直、羨ましかったです。
わたしの仕事は主に公共工事の給排水設備工事(と言ってもほとんどが孫請けでしたが。)で、市の体育館やプール、コンサートホール、温浴施設、刑務所など工期が1年以上かかる現場を転々としました。
建設現場では多くの職種の業者が同じ場所で作業する中、現場の作業の優先順位を常に考え、工程を常に気にしながら私自身も現場作業をこなす毎日。
常に仕事に追われていたため、寝床についても次の日の作業内容、段取りが頭から離れることはありません。
しかも一部の現場では親請けである工事会社の担当者が持ってくる施工図は間違いだらけで全く使い物にならず、さまざまな場所で手直し工事が発生、そのしわ寄せがすべて下請けの現場の責任者である私に圧しかかってきます。
また年長者の作業員の一人は、年下の私の言うことに聞く耳を持たず、優先順位を無視して後回しで問題のない作業を先にやり、緊急を要する作業をやろうとしません。
施工図が間違っていたため天井内に配管が収まらないトラブルが発生、他の業者さんに迷惑をかけたときのことです。
休憩できない状況にもかかわらず、休憩時間だからと休む20才近くも年上のUさんを横目に、天井内の6cmほどの太さの鉄管の手直しを一人でやったこともありました。
そんなこともあり、次第に作業員と衝突することが増え「生意気だ」とか、「人間味が無い」だとか逆ギレされる始末。

まだ若かった私は施工図をまともに書けない親請けの担当者と、年上の気を使う部下、毎日忙しい現場作業に疲れ、ほとほと嫌気がさしていました。
そんなある日、唯一の上司である社長に誘われ2人で呑んでいた時のことです。
「オマエ、人望無いよなー」
という一言に私は「カチーン」とキレてしまい口論となります。
前からの軋轢もあり、社長への嫌悪感が日に日に増し、すべての人間関係が嫌になり、また常に仕事に追われ、体力的にもきつかったため
「こんな会社でこの仕事を一生やらなきゃいけないのか。。。」
3人目の子供も生まれるかという時期でしたし、一家の稼ぎ頭が仕事を辞めるわけにもいかず、この頃は本当に思い悩みました。
あるとき妻に「なんか生きてて楽しくない。。」と思わずもらしてしまいました。
家族には泣き言は絶対に言いたくなかったのですが、もう精神的に追い詰められていました。
当時、私はまだ20代後半で子供はまだ小さく可愛かったし、家族を養って生活できればそれで幸せだったはずですが、全くそんなことはありませんでした。

「仕事が地獄だと人生は地獄」
この頃はそう考えるようになり、言葉にしていました。
振り返って見ると本当に苦しかった20代でしたが、多くの苦い経験から反面教師に学ぶことができたと思います。
まあ、もし人生をやり直せるんだったら、新卒で就職した会社を辞めないことだけは間違いありません。(あとN社にも絶対入社しません笑)
